私の記憶が確かならば、大学卒業して勤めた会社から携帯電話が支給されたのは入社2年目のことだったと思う。ショルダーバッグのような形で重く、更に仕事用のバッグも持っていたので邪魔だった。しかも電話が鳴って出るときは、周囲が好奇の目で見るので恥ずかしかったことをよく覚えている。約30年前のことである。
今の時代はというと、携帯電話を持っていない人を探すほうが難しいのではないだろうか。携帯電話があれば、何でもできる。通話やメールはもとより買い物だってできるし、出会いもある(らしい)。ビジネスだって会議だって飲み会だってオンラインで楽しんでいる人もいる(らしい)。新たな犯罪手法も生まれた。もうできないことはないぐらいに進化した携帯電話。すごい世の中になったものである。
でも、ふと思うことがある。
携帯電話が鬱陶しいときがある。一人になりたいとき、張り詰めた気分をほぐしたいとき。24時間365日ついて回る携帯電話の鬱陶しさって・・・。逆に、寂しいときや孤独なときに救いになってくれることもある携帯電話。緊急時にも大いなる活躍をしてくれる。
人間にいいように使われている携帯電話。実は、人間が携帯電話にいいように振り回されているのかもしれない。世界とつながる携帯電話は、便利さと重要性は言うまでもないが、何か見えないものに縛られている気がしないでもない。
功罪相半ばする携帯電話だが、「持たない」という勇気ある選択は私にはできません。